先日の夕方、コンビニで昭和プロレスの特集が載っている週刊ポストを買い、珈琲でも飲みながら読もうかと喫茶店を探す。細い路地裏にこじんまりとした店が新しくできていたので入ってみた。雑誌を読みながらぼーっと過ごしていると、そのままバー営業になったのでビールを頼む。カウンターで近くに座っていた30ぐらいの女の人に話しかけられ、店主と三人で雑談する。昔バンギャをやっていた話とか、accessのライブに行ってきた話とか。どうやら今は不倫をしているらしく、一番は嫌、その人の二番目ぐらいがちょうどいいと語っていた。その後一緒に店を出て、妙な雰囲気もあったのだが、それ以上は踏み込まずに随徳寺を決め込んだ。興が乗らなかったのだ。それからもその店にはちょくちょく通っている。
珍しい文庫が入りましたよ、と同僚が教えてくれた。つげ義春の『流れ雲旅』である。早速つけた値段の半額で売ってもらう。『つげ義春とぼく』がすごくおもしろかったので、この人の本はすべて買おうと常に思っていたのだ。なんでもない旅行記なのに死とエロスがモヤモヤと背後に漂っている。業というものなのだろうか。絵は多いがつげの文章は少ない。
二人を親娘と判定したのは、丁度ぼくと一緒の小屋に泊まっていて、二人の会話から察すると、娘さんは子供ができないらしく、嫁いだ先から実家に帰されたようで、それで父親に連れられて子宝に特効のある子宝の湯で療治しているということらしかったが……。その娘さんは浴槽のふちにきちんとすわり、おじいさんは桶でお湯をすくい、「ハッペッタン」「ソレペッタン」とかけ声をかけながら娘さんの腰のあたりにお湯を叩きつけていた。 つげ義春『流れ雲旅』
電波曲、電波ソングというと皆眉をしかめるかもしれないが、実は50年代、60年代初期のポップスとの類似点も多い。ロリポップとかサーフィン・バードとか完全に電波曲でしょう。なんでこんなことを思ったかというと、アン・マーグレットのバイ・バイ・バーディーを聴いたときに、何故か瞬時にオレ達のテーマ曲『願い、明日、夢』が思い浮かんだからである。我々は電波曲からポップスに潜む狂気、時代の匂いを感じ取らねばならない。
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